ピーター・ブレイク『近代建築の失敗』(1974-1977年)

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建築・都市論

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紹介文

近代建築を愛し、巨匠たちの功績を讃えていたはずの著者ピーター・ブレイクが、もはや無視することのできない「あまりにも大きな近代建築の失敗」を11個の「幻想」によって告発する。ジェイン・ジェイコブズ、ケヴィン・リンチ、オスカー・ニューマン、クリストファー・アレグザンダーなど、それぞれの視点で近代建築運動の影響を批判し、新しい「人間的な」建築や都市のあり方を模索した人々のエッセンスが凝縮された、近代建築の終焉、そして新しい時代の幕開けを宣言した書物。「近代建築の巨匠たちが設計したアパートや家具は、彫刻や芸術作品としては素晴らしい」、「ゾーニングは、近代建築運動の先駆者たちが唱えた都市概念の中で最もグロテスクなもの」など辛辣な批評と身近で人間的な建築の必要性への予言。近代建築を愛した人間の、怒りではなく、悲しみや惜別に満ちた決別の書。

本書の概要:近代建築の11個の「幻想」

本書は、アメリカの建築批評家ピーター・ブレイクが1977年に発表した本である。その内容は、本書の邦題と原題“Form Follows Fiasco: Why Modern Architecture Hasn't Worked”が示すように、近代建築の理論が失敗した理由を、11個の「幻想」=概念やキーワードに則って分析しているというものである。その内訳は、「機能」、「オープン・プラン」、「純粋性」、「技術」、「超高層ビル」、「理想都市」、「移動性」、「ゾーニング」、「ハウジング」、「形」、そして「建築」であり、このうち「理想都市」、「移動性」、「ゾーニング」、「ハウジング」はどちらかと言えば「都市」や「コミュニティ」といった大きな建築のあり方、「機能」、「オープン・プラン」、「純粋性」、「技術」、「超高層ビル」、「形」などは建築単体や家具といった小さな建築のあり方に対する批判である。

本書の著者ピーター・ブレイクは元々ル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエ、フランク・ロイド・ライトといった近代建築の重要人物を賞賛する立場であったが、アトランテイック・マンスリー社のピーター・デイヴィットソンとの出会いをきっかけにそれまでの態度を翻し、「あまりにも大きな近代建築の失敗」を告発する意図で、本書の原稿を執筆したそうである。そういう意味で本書は近代建築を愛した人の、怒りではなく、悲しみや惜別に満ちた決別の書ということができる。それでは本書の内容に入っていくとしよう。

機能の幻想:現代的な問題意識に対する間違った答え

ミース・ファン・デル・ローエは、「未来の機能は今はっきりと予測できないから、私たちの建物は来たるべき何世代かにわたって考えられるあらゆる機能を収容し迎え入れることができるように、融通性をもって設計されなければならない」との考えによって、「市役所から自動車のショールームに至るほとんどあらゆる機能を収容できる構造」である「ユニヴァーサル・スペース」を生み出した。この考え自体は、建物の永遠性という理想に彩られていたとはいえ、少なくとも建物の高寿命化やライフサイクル・コストと資源の削減という意味では、むしろ非常に今日的問題として「少なくとも表面上はきわめて合理的な考え」であり、彼の(結果的な)先見性を賞賛することができる。しかし、その理念を実現するにあたってミースが出した答えは「私たちの建物はその中に将来のいつか予測できない時に学校、工場、劇場、その他の予測できない何かを建てる場合に、柱、垂直な配管、ダクトなどが邪魔にならない、巨大なロフトとすべきである」ということであった。彼の出したこの答えは、2つの理由から失敗することになる。ひとつは、大量生産・大量消費のビジネスモデルを前提としていた「自由企業制度への影響」である。「自由企業制度は、自動車ばかりでなく建物の老朽化を加速化することにより繁栄している。建物の老朽化を防ぐことは、明らかに、アメリカ的制度を破壊しようとする攻撃である。なぜならわれわれの税制は、「仕事を作り出す」という名のもとに、建物の減価の加速化、速やかな廃棄と建て替えを奨励してきたからである。いろいろな用途に適応できる「ユニヴァーサル・スペース」は、建物を定期的に廃棄するのとは別の方法を提案するのだが、この方法は建物の廃棄に利権をもっている連中には気に入られないだろう」。しかし、先程も述べたように、廃棄場所の減少やゴミ処理施設をめぐる(Not in my backyardの)住民運動、資源の浪費や獲得競争の激化、環境破壊といった問題が、ある意味で常識的な注目を浴びている現在では、このような問題は下火になっているだろう。実際に、現在は建物の居抜きやコンバージョン、リノベーションが流行している。しかし、彼の提案した「無限の融通性」をもった建物は、「建設するのに信じられないくらい費用が高くつき、実際には融通性のない建物に比べてはるかに機能が落ちるという明白な事実」を露呈してしまった。つまり、「日曜日には礼拝の場として機能し、ボタンを押すだけで、週日には売春宿に変わってしまうような建物を設計し建てることも考えられないわけではない。しかしこのような面白い転換を行なうのに必要とされる機能的な仕組は、2つの別の建物―神の建物と悪魔の建物―を並べて建設し、1つの建物を使用する時は他の建物を閉めておく費用の、少なくとも2倍から3倍はかかるだろう。〔…〕1つの非常に高価な多目的劇場よりもいくつかの単一目的劇場を(できれば大きな1つの劇場地区にまとめて、あるいはコミュニティ全体に分散させて)建設する方がより実際的であり望ましいように思われる。1つの多目的劇場のほうが、必要とされるすべての単一目的劇場を合わせたよりももっと建設するのに費用がかかるのである(そして一晩あたりの観客の数は多目的劇場のほうがずっと少ない)。さらに、非常に広い舞台と前舞台を必要とするダンスと他の催し物、例えば人形劇、の両方を上演できるような劇場を設計することは実に困難である。それは設計できないわけではないが、大抵の場合、そのようにして設計された劇場はどちらを上演するにしても単一目的劇場より劣った設備のものとなるだろう」ということである。これが、「ユニヴァーサル・スペース」という考え方に関する、当時の解答方法の根本的かつ致命的な失敗の原因である。

オープン・プランの幻想:私的空間の喪失

フランク・ロイド・ライトは、近代になって初めて発明された鉄筋コンクリートと鉄骨構造という「近代建築の発展に最も直接寄与した技術革新」に惹かれ、その技術のもつ可能性を実空間の中で表現しようとした。それらの技術は、伝統的な石造りおよび大抵の木造建築での不自由さを解消してくれた。つまり「大抵の伝統的な建築システムでは、壁が床と屋根のすべての重みを支えている。そして重みを支えている壁を動かせば直ちに上部構造が崩れ落ちてくることは自明である。ひとたび壁がある場所に建設されれば、壁によって造り出された空間の幅、長さ、高さは固定してしまう。ドアという開口部だけが隣り合った空間を結びつけることができる」という融通性のなさである。これに対し、ライトは「強力で美しい柱梁構造」を利用することで「1つの空間に融合し得る複数の空間の連続で、ドアによる仕切がないことが多く、空間と空間は不透明のあるいは半透明のあるいは透明の材料でできたスクリーンによって軽く仕切られている」空間、つまり「オープン・プラン」という新しい空間のあり方を創造できると考えた。この「オープン・プラン」という考え方は、ル・コルビュジエやミース・フアン・デル・ローエの共感を呼び、住宅やアパート、オフィスなどにも採用されることになった。「その結果、一部屋の家あるいは一部屋のアパートは、あらゆる近代建築家が達成しようと試みる美学的勝利のしるしとなった。台所は食事をする場所に、食事をする場所は居間に、居間は書斎に、書斎は遊戯室に連続することになった」。

しかし実際には、オープン・プランでは人々の視線や音などが筒抜けとなり、一言で言って人々の「プライバシー」が失われてしまった。「前衛建築家が、しばしば政府の設計規則に従って設計し建設する、8人あるいは10人家族を住まわせるために、素晴らしい広々とした居間と食堂といくつかの非常に狭い寝室とからなる」住宅やアパートは、すべてが「オモテ」となって家族の成員はそれぞれ絶えざる監視に曝されることになった。家の中には、緊急の客が来るときに、ゴミや散らかったものを押し込み隠すための空間も子供たちが引っ込むための「オク」の空間もないため、「夫と彼の客の邪魔にならないように素晴らしい居間を完全に清潔にし、奥の部屋にいる子供にクロロフォルムを嘆がせて眠らせてしまうために、奴隷としての妻を雇わなければ生活は不可能である」。しかし、そんな住宅に住めば「夫婦はいがみ合い、子供は精神病になってしまう」だろう。「ル・コルビュジエが1952年にマルセーユに建てたユニテ・ダビタシオンは偉大な彫刻作品ではあるが、居間空間としては酷いものである。20世紀の生活の必要に応えるための住宅の集合としては、平面図、断面図、立面図のいずれから見ても、ユニテはお笑い草でしかない。子供の寝室は、実際、引戸のついた、奥行き6フィートの押入れである。子供が親から逃れられる場所はないし、また親が子供から逃れられる場所もない」。

「事務所の間仕切りに無限の融通性を与えるため」に設計された、モデュラー・パーティションと呼ばれるシステムによって実現したオープン・プランの事務所やオフィスも建築家たちが想定した程には、実際の使用には耐えなかった。「実際には、無限の融通性をもったこれらの間仕切りは、まったく融通性に欠け、通常の固定した、ブロックとプラスターでできた間仕切りよりもはるかに高価なものになりがちだった。融通性を持った間仕切りは(ごく稀に移動させる場合には)、照明、配線、そして時には配管の設備を台なしにすることがあった。そして最も重要なことは、一時的なものであるために、これらの間仕切りは、タイプライター、計算機、テレタイプ、電話の苛立たしい騒音を周囲の人に伝えるということだった」。そして案の定、オフィス空間においても人々はプライバシーを喪失し、しかも家族ではない公共的な人間関係の場にあっては、人々に別の心理的な緊張感や圧力を感じさせることになった。すなわち、「仕切りのなかの人は自由に歩き回り、他の仕切りの中の人とざっくばらんな話し合いができるので、いさかいが多い。そしてポスが『事務所景観』(胸の高さほどの小さな仕切りのある大きなブルペン)の真ん中にいるために、今までのように隣の部屋の人だけでなく、すべての人が発言することを恐れるようになるので、社会的同調性は一層拡大する」ということである。それはあたかも、パノプティコンに収監された囚人のごとき体験を人々にもたらすことになり、無駄話や仕事中の世間話によって育まれるインフォーマルな人間関係は、フォーマルな人によって監視されてしまう結果となった。本来、「コミュニティとオープン・プランは民主的な相互作用のための装置であり、プライバシーと修道院的な個室は自己実現のための黙想の場」である。公開された場での議論は、古代ギリシャ以来、民主的な社会運営には欠かせず、密室での密談は良からぬ企みを助けるとされる。しかし、ブレイクは「近代建築運動の巨匠たちがコミュニティ建築のための指針をきわめて専制的な社会体制から採り入れ、彼らの顧客のためにオープン・プランの建物を設計し、自己実現のため黙想の場を拒否した」と述べる。オープン・プランとは、たしかにフォーマルな議論の場には必要なのかもしれないが、絶えざる視線に曝されるということは、人間心理とインフォーマルな人間関係はにとっては、むしろ有害な圧力となり、逆説的に支配者による管理を可能にしてしまう。オープン・プランで民主性が確保されるのはあくまでも、お互いが対等な立場にある場合だけであって、上下関係や権力のゲームが存在する場合には、逆に人々を息苦しくさせるだけの結果になってしまうのだ。

純粋性の幻想:変化=劣化の拒否と永遠性

近代建築は、「装飾は罪悪であり、飾り気のない清教徒的な単純さこそ最高の美徳である」という考えを信奉していた。その理念を実現すべく、インターナショナル・スタイルの最初期の建物は、不透明、あるいは半透明な、機械で造られたスラブによって建設され、スラプはすべて正確で剃万の刃のように真直な線にそって接合され、建物の工業生産化に対する冷静で合理的な方法を示していた。そういった部材は、完全な均一性と剃刀の刃のような正確さを強調し、水平性、滑らかさ、飾り気のない単純さの極致とされた。それは暗に、「完成された永遠」を目指し、時を越えてなお純粋な幾何学的形態を保ち続ける美を追求していた。

しかし、現実の時間・空間においては、そういった理想は実現し続けることはできなかった。なぜなら現実の世界は、「氷、雪、雨、灼熱の太陽、煤、そして汚染された空気」といった気候や物質に支配されていて、時間の堆積は美しい部材を傷つけ、朽ちさせ、損耗させ、断続的な修理・修復を必要とさせる。「現場打ちコンクリートの表面はしばしば錆びて、収縮による裂け目が生じ、曇った日には刑務所の壁のように陰鬱に見える(それに反して、煉瓦あるいは石の壁は嵐のなかでも非常に美しく見える)」。こうした問題の原因は、突き詰めればそういった理想を実現できる「永遠性を秘めた材料が存在しなかったから」ということになる。それゆえ、産業はそうした部材の開発に躍起になって、「流れ作業のような正確さと滑らかで不浸透の表面を要求し、寒さ、雨、雪に耐え、伸縮せず(したがて幅広いエクスパンシヨンージョイントが長い壁の美観を妨げず)、軽くて生産するのに貸用のかからないまったく新しい材料(金属、プラスチック、合成板)」を生み出そうとした。だが、そうした「新建設材料」がどんな副作用をもたらすかは、長い時間が必要となり、気づいたときには既に何人もの犠牲が出ているかもしれない。例えばアスベストという断熱材は、耐久性、耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性などの特性に非常に優れ、安価であるため、「奇跡の鉱物」として重宝されたが、人体に有害であることが分かり、使用を禁じられた。そしておそらく今後も、「永遠性」を保証してくれる材料が発明されることはないのだろう。

技術の幻想:社会、文化、経済・経営構造の齟齬

近代建築の建築家たちは、当時の時代を象徴するような一大変化である産業革命に大いなる期待を抱き、ともすれば強迫観念に取り憑かれると言ってもいいほど、技術の進歩を信奉していた。ル・コルビジェに代表されるような人々は、「建築現場での労働時間は(風で揺すぶられる高い足場で精密機械を使うという独特の困難や悪い天候に妨げられるので)本質的に非能率的であるから、絶対に必要な最小限にとどめるべきだ」と考え、建設行為を、近代的な機械によって大量に生産された、寸分違わぬ同型・同質の壁や床、屋根、間仕切り、窓、ドア、パイプ、電球などを組み立てる作業にしようとした。そのために彼らはモデュロールという寸法体型を編み出し、世界中で起こる急激な人口増加とそれにともなう住宅需要の急騰に対処しようとした。

だが、こうした理想や理論、プレファブ化は現実の人間、そして社会と対峙したときに実現することは難しいということが分かってきた。とりわけアメリカにおける規格化やモデュロールの失敗をブレイクは、5つの理由に求めている。まず第1に、「基準や標準自体の問題」がある。つまり、ル・コルビュジエが主に活躍したフランスでは、長さの単位として「メートル法」が採用されているが、アメリカにおいては「フィート」や「インチ」といった単位を使う。そして現に、アメリカの建設業界はメートル法に対して、強硬に反対し、「大きさと質に関する一連の規準」を厳格に守ることに賛成しなかった。しかしそれよりも本質的なのは、アメリカが自由競争社会の象徴であったことである。つまり、企業は市場でのシェアを独占しようとするために「各製造業者は競争相手とはできるだけ異なった彼自身の規格を設けようとする傾向がある。例えば、台所用品の製造業者は彼らの製品が他の業者の製品と一緒に使えないように寸法をわざわざ独自のものにする」。そうした規格競争が抑制され、各企業が協調することよりも、むしろ競争の中で価格や品質の向上を図ろうとする社会にあっては、部材のプレファブ化などあり得ず、結局企業が提示する独自の規格をまるごと受け入れるか、あるいはすべて余計なコストをかけて「特注」するかのいずれかしかなくなってしまう。

また第2に、「大量生産のメリットは、製品が確実に大量消費され、かつ効率的な物流が保証されることが前提として必要」ということがあった。GMやFordのように、自らの倉庫と豊富な資金調達能力、大規模生産できる工場、製品を現場で売る(全国規模の)販売店といった社内インフラを抱えることができる企業は、工場をフル稼働させることによって時間的なロスや製品1つあたりのコストを削減することができる。しかし、「北米陸に見られる各地方特有の建築基準法と異なった気候条件を満足させるのに必要な無数の条件を考えると、設立しうるかどうかも疑問」であった。また、第3に「アメリカの広さそのものが、経済的な大量流通にとって厳しい問題」だった。つまり、どこかの集中的な生産拠点において生産した製品も、輸送コストがかさめば、「地元で伝統的な方法で製造された製品と値段の上で競争できない」。「もし市場が小さく、各地方が要求する異なった条件によって細分化されるならば、このような工場がその生産能力を最大限まで発揮し、各地方で従来の方法で造られた製品に太刀打ちできるような製品を造ることはほとんど不可能」だったのである。くわえて第4に、「アメリカのような自由企業社会の高度に個人主義的な性格は、そもそも規格化に抵抗する」。基本的には競争における敗者は、救済されることなく「自己責任」として片づけられる社会において、企業や労働組合は既得権益に対して保守的である。それゆえ、「建設業労働組合の多くは、 プレファブが組合員の生計を脅かすと決議して以来、あらゆる手段をとおしてそれに反対している」。

そして第5にアメリカとヨーロッパでの「経営構造の違い」という問題があった。つまり、ヨーロッパ(や日本)では、「建設現場での労働者の賃金は低く、いろいろな種類のプレファプ・パネルを現場で組み立てることは経済的に困難な問題を何も引き起こさなかった。しかし建設材料は高価で、多くの建設パネルの工場生産は、金属、プラスチック等の材料の浪費を少なくすることによってかなりの節約を意味した。しかしアメリカでは、労働賃金は比較的高く、建設材料は比較的安い。アメリカでは、建物を設計する場合、同じ寸法のスチールあるいはコンクリートの柱と梁、同じ寸法のパイプ、ダクト、ケーブルなど使うことがしばしばある。それは同じ寸法の材料を使えば現場での作業がたやすくなり労働費用を少なくするからであり、故意に寸法の大きな材料を使うことによって増えた材料費よりも労働費用の節約のほうがはるかに大きいからである」。技術と経営・労働上の合理化、規格化といった考え方は、実際にはどこでも同じように適用できるわけではなく、さまざまな前提条件をクリアしてはじめて「効率的」ないし「合理的」になり得るのである。

超高層ビルの幻想:厄介な物理現象、そして人々の孤立と疎外

ル・コルビュジエの「輝ける都市」に代表されるような都市ヴィジョンは、具体的には「公園のような環境に大きな間隔をとって配置された高層ビルからできたコミュニティ」を創出しようとするものであった。それは、必然的に「超高層ビル建設の技術」に依存し、ほかの近代建築家と都市計画家も「急増する人口の空間需要を満たすためには上へ向かって建設しなければならない、というこの基本的な考え」に同調した。このような都市の形態を「垂直都市」というが、「垂直都市の理想は、建設技術(速いエレベーターと強力な柱と梁) の問題、輸送技術(地下、地上、高架の大量輸送機関)増加の問題、土地投機の問題、その問題、無制限の人して人間の相互作用(人間は垂直なチューブのなかに集まった時も、水平の歩道で出会った時と同じように巧くコミュニケートできるだろうか?)の問題と切り離すことは不可能である」。ブレイクはギリシャの都市計画家コンスタンティノス・ドキシアディスの言葉を引用し、超高層ビルの5つの弊害を次のようにまとめている。

1.過去の最も成功した都市は、人間と建物が自然とある種の均衡にある都市だった。しかし高層ビルは自然に対して、あるいはもっと現代的な言葉を使うならば、環境に対して逆らう。それは景観の規模を破壊し、空気の通常な循環を妨げ、その結果、自動車と工業の排気ガスが集中して激しい大気汚染を惹き起こす。それを分散させることは容易にできない。
2.高層ビルは人間自身に対して逆らう。なぜならそれは人間を他の人間から孤立させ、この孤立こそが上昇する犯罪率の重要な要因だからである。子供は自然と他の子供たちこの接触を失うがゆえに、いっそう大きな犠牲者である。接触が保たれている時でも、それは親の管理を受ける。その結果、子供も親も犠牲者となる。
3.高層ビルは、家族、近隣のような重要な社会の構成単位が以前のように自然に、そして正常に機能するのを妨げるがゆえに、社会に対して逆らう。
4.高層ビルは交通、コミュニケーション、電力、水道等のネットワークに対して逆らう。なぜならそれは高密度、超荷重の道路、〔広がり過ぎた〕水道網をもたらし、もっと重要なこことして、多くの新しい問題―犯罪はその1つにすぎない―を生み出す縦のネットワークを造り出すからである。
5.高層ビルは、過去に存在したすべての価値を取り除くことによって都市の最観を破壊する。かつて都市の上にそびえ立った、あらゆる種類の教会、モスク、寺院、市役所のような人間的象徴は、今日では超高層ビルの下にある。神あるいは政府が人間の上に君臨すべきであるということについて、われわれの意見は一致しないかもしれない。しかし富の増大の象徴が他のあらゆるものの上に君臨すべきだという意見に、われわれは賛成できるであろうか?」

これは、第1の論点にも関係することだが、高層ビルは「物理現象」という観点から見てさまざまな好ましくない現象を引き起こしてしまう。例えば、ガラスをとおして放出・吸収される熱量は意外に大きく、室温の上昇を招いてしまう。さらに、「内部空間の凝縮の問題や、しばしば解決不能の、ガラスの壁の外側に発生する不思議な上昇気流の問題がある。例えば1952年に、国連ビルの5000の窓はすべて修理しなければならなかった。ビルの内と外この気圧の差が激しい嵐の時にあまりにも大きくなり、雨の雫が上げ下げ窓の「水とり穴」からビルのなかに入ってくることが判ったからであった。これらの水とり穴は、もちろん、室内に凝縮した水蒸気をビルの外に出すために備えつけられたのであった。しかし風と気圧が国連ビルの高さ540フィートのガラスの壁に不思議な影響を与えるために、雨が下にではなく上に降ったのである!それ以後、この思いもよらぬ矛盾に国連は悩まされ続けている」。ガラス業者はこうした「問題」に対し、技術開発によって対処するべく(自らの役割が創出されることに)、日々嬉々として仕事をしている。そして開発された鏡面ガラスという製品は、たしかに熱は反射するようになったけど、結局それは問題の原因をほかの建物に押しつけただけであった。つまり、「都心の古ホテルがその隣にできた鏡つきの新しい建物を、その光る表面がホテルの客室の冷房装置の働きを著しく妨げたという理由で訴え、裁判で勝った。一方、第三者である、隣接する上地のまったく新しいデベロッパーが、もう1つの鏡つきの建物を建設する計画を発表したが、この建物は2番目の建物の居住者を火あぶりにするような角度で建てられるだろう」。こうした現象は、2000年代に入ってもたまに発生し、「反射した光によって、駐車していた車の一部が溶けてしまった」というニュースを聞くことができる(<例>2013年09月04日「高層ビルの反射光で車が溶ける、開発業者が調査開始 ロンドン」)。

また、高層ビルをめぐる「風」という物理現象も厄介な存在となる。超高層ビルの構造設計は、基本的に「ビルが建っている地盤に対して重い床を通して伝えられる荷重によってではなく、超高層ビルがその均衡を保つために抵抗しなければならない風圧によって決定される。そして、高層ビルは大きな帆に非常によく似た動きをする。もしその「竜骨」すなわち土台が深く強力でなければ簡単に吹き飛ばされてしまう。高層ビルの台の形は、ビルの高さよりはむしろ風に当たる外壁の表面の大きさによって決定される」。しかし、そのためには、土台作りが高くつくという経済的な欠点が存在する。また、高層ビルは上に行けば行くほど、風の力に押されて揺れるため、風のある日に高層階まで登ると「吐き気をもよおしかねない」。さらに、風は内部の人だけではなく、ビル外部の人にも迷惑を振りまいてしまう。それが「メリー ・ポピンズ症候群」という現象である。「強風の時に、高い、表面が平らなビルの幅広い側面によって妨げられた気流は2つの方向に流れていく。ある部分は上方に向かい、大部分は地上に向かい、歩道に渦巻(あるいは小竜巻き)を創り出す。この面白い現象に出会った歩行者はいつも足をすくわれてしまったり、旋回舞踏をやらされたり、吐気を催すというわけではないが、それが都市生活の質を向上させることも稀だろう」。

「その他にも、超高層ビルのなかの生活を不愉快にし、時には健康を損ねるような未解決の問題がいくつかある。高層ビルは、暖炉から煙を導き出す煙穴のような作用をすることがしばしばある。ビルは高ければ高いほど、能率的にものすごい上昇気流を発生させる。高価な減圧装置が高層アパートの公共部分に備えつけられていないと、エレベーターの通路は煙穴として働き、強風の時にはエレベーターのドアを閉めるのが非常に困難となる。私が何年か住んだここのあるこのようなピルでは、廊下の気圧を充分に高くすることができなかった。そこでもし居住者が彼のアパートの窓を無鉄砲にも開けようものなら、ジェット・エンジンの轟音のような大きな音を立てて、風がアパートのなかを通り抜け(アパートの入口のドアの下の隙間を通して)廊下へと吹いていき、その途中にあるテーブルや棚の上にあるものをみんな払い落としてしまうだろう。ある日、アパートの中の高い気圧のためにぴったりと閉まっている入口のドアを私がやっと開けるのに成功した時、寝室のドアが大きな音を立てものすごい勢いで閉まったためにそのスチールの枠が塗壁からきれいに外れてしまった。もし小さな供が寝室のドアの所に立っていたならば彼は死んでしまったろう」。

第2の「犯罪の場となる」という論点については、オスカー・ニューマン『まもりやすい住空間:都市設計による犯罪防止』(1972)の分析が詳しいが、ようするに高層ビルは、下からは建物上部の中の様子が分からないため、人々の自然な監視の目が届かず、犯罪の機会を与えてしまうということである。また、第3の言説が言うように、「『垂直都市』では歩道はエレベーターにとって代わられる。会話と人と人の出会いの場所である歩道は、ジュークポックスから流される音楽によって時折イキイキとしたものになるが、通常は静まりかえった箱によってとって代わられる。『垂直都市』では、庭は「バルコニー」と名づけられた、コンクリートの箱によってとって代わられる。『垂直都市』では、あなたの隣人はあなたの敵、あなたの壁の反対側に釘を打ち込む人となる〔…〕超高層ビルが人間の相互作用を破壊すること、都市の地面に大混雑を引き起こすこと、そして隣接する土地の価格と不動産税を上昇させ、低層ビルの持主たちがその地を高層ビルの開発業者に売り渡さざるを得ないようにするという経済的圧力を通して、もっと小さい規模、すなわち人間的尺度の建物を駆逐してしまうことを知っている」。そしてブレイクは「『垂直都市』では、疎外は完璧である」と言う。超高層ビルは、維持管理や(警備員や管理人の確保などによる)安全の確保には、低層地域における自然な地域や人々のあり方と比べて、高いコストが必要となる。そして、それだけでなく、人間のコミュニティや近隣、家族のあり方までをも変えてしまうという意味で、人間を「疎外」するのである。

理想都市の幻想:街路=刺激の喪失

近代建築の著名な都市計画家は、増大する人口と住宅需要への対応と疫病の蔓延や閉塞感、ストレスの源であった過密の問題を同時に解決する方法として、都市を地表面ではなく、上へと拡大しようとした。そして、来るべき自動車時代を見据え、車道を拡張することで人的・物的な流通を支え、公共的なオープン・スペースを確保することを理想とした。その結果、街路は公園や広場、遊び場、ショッピング・センターに取って代わられ人々は街路から姿を消した。だがそうした「人間の必要に尺度を合わせた有機体というよりは、自動車時代に尺度を合わせた、善意に満ちた計画」は、ひとびとから散歩や立ち話、ウィンドウ・ショッピングといった楽しみを奪い取り、非常に苦痛な「退屈」を押しつけた。そうした状況に対し、「空中街路」あるいは「空中歩道」といった対策も考えられたが、それを実施するには重大な欠陥があった。ジェイン・ジェイコブズが分析したように、街路は単にあればいいというものではない。その道すがらに商店やカフェといった目を引くものがなければ、人々はただその上を通過するだけだし、ほとんど人が通らないような通りは、何の刺激もなくてますます寂れてしまう。その点「メガストラクチュアの2一階に住んでいる人はそんなに多くない。そして商店がなければ『空中街路』や『空中歩道』を非常に面白いものにすることはきわめて難しい」。人は単なる「家と労働の場の往復」以上のものを与えてくれない都市には満足できないようだ。そうではなく、「小さな街角や石畳の横道から成る最も古いネットワークが人々を最も満足させるもの」なのである。

移動性の幻想:人口の分散と「自動車」という強者

近代建築運動が生み出した、ル・コルビュジエの「輝ける都市」とフランク・ロイド・ライトの「ブロードエーカー都市」という2つの重要な都市の原型は、どちらも高度な輸送システムの存在を前提としていた。つまり、垂直に伸びる高層ビルでの人間活動を支えるために必要な、大量の物的・人的資源を効率的かつ高速で輸送するための手段である。高層ビル同士の間には広大なオープン・スペースがあるため、必然的に建物は分散する。現実はル・コルビュジエが構想したように、地上100〔m〕以上の高層マンションがポツポツと建ち並んでいるわけではないが、郊外化によって分散した人口を、仕事をする時間に都心部へ輸送するためには、数多くの大規模な高速道路網を必要とした。その建設のために自然環境は「全面的破壊」に曝され、排気ガスの問題や渋滞、通勤時間の肥大化をもたらした。近代建築の偉人たちが想定した理想都市のための大規模公共交通機関は、実際には、ピーク時であっても、つくってしまった容量を必要としない。しかも、朝と夕方というピークの時間帯以外は非常に空いていて、それほど巨大な輸送能力を必要としないにもかかわらず、ポツポツといる乗客のために駅員や運転士を雇い、運行しなければならない。だから、非常に非効率となる。「郊外住宅地には、大量輸送機関を利用する大衆がいないのである」。アメリカ社会は近代化を迎えるにあたって、「好むと好まざるとにかかわらず、その地域社会と生活様式を自動車に合わせて形成した」。自動車の生産とその消費がなければ、アメリカの高度成長は実際と比べてどれくらい小さな規模になっていたかは分からない。しかし、それだけ自動車が普及した時代であったこと、そして人々が大量輸送機関で服をすり合わせて通勤するよりも、自家用車での通勤を好んだことに合わせて、都心部から歩道が奪われ、車道が街の公共的な土地を占拠した。しかし、先にも述べたとおり、「人間と、良い学校、良い仕事、楽しい娯楽を含む沢山の変化に富む活動とが高密度に集中し、大部分の機械的愉送システムを不必要にしてしまうような、歩行者中心の都市こそが、理想的な「理想都市」がであることは明らかである」。さらに、郊外で暮らしている人にとっては、「仕事、娯楽、病院、学校、シッヒングセンター等々に結びつける交通のネットワークは、生命線である。そしてもしそれが断ち切られた場合には(例えばガソリン不足や大きな交通ストライキのような場合には)、人々の生命は文字通り危機にさらされる」。そういう意味で、移動性を前提にした暮らしのあり方は、リスク分散という意味でも甘さがある。とりわけ、人間は必ず衰える存在であるだけに、高齢になって車の運転が困難になれば、郊外に取り残されることを余儀なくされてしまうこともあるだろう。都心に終の棲家を確保できる経済的余裕のある人はそうした問題もないかもしれないが、そうではない弱者は、一挙に生活が立ちいかなくなってしまう。

ゾーニングの幻想:人的・物的資源の浪費

近代建築運動の先駆者たちが唱えた都市概念の中に「ゾーニング」の考え方がある。ゾーニングとは、「都市を異なった用途の地域に分ける」ということであり、例えば「住宅地域は公園と遊び場の中に置かれ、その地域内には学校、コミュニティ・センター、幼稚園などのごく小数の建物しか建てることが許されない」。これは、有害物質の飛散や騒音、子供の教育や風俗上の悪影響など「工業的あるいは商業的構造物に必ず付随すると思われる種々の汚染から住宅やアパートを守るために、公的機間によって永久に所有され管理されることになるグリーン・ベルトによって、永久に他の都市地域から分離される」。より詳しく描写すれば、住宅地域は工業・商業施設、文化センター、官庁街、動物園、商業的・文化的展覧会のための恒久的会場、遊園地などからは分離されてしまうことになる。こういったゾーニングは「同じような管理を必要とする構造物を1ヶ所に集めることによって管理の能率性を高め、行政的手続(例えば固定資産税評価、病気の防止、市民の福祉に関する事柄)は、単純化されたため、図面の上では合理的に見えた」。しかし、この考え方、そしてその考えが具現化された結果、(1)資源の浪費と経済的な非効率性、(2)都市の多様性の破壊という2つの点において、ブレイクをして「最もグロテスクな都市概念」と言わしめる事態を引き起こした。

(1)資源の浪費と経済的な非効率性は、人が集中する時間と全くいない時間との落差が大きすぎることによって生じる。例えばウォール・ストリートという地域は、金融・オフィス街として非常に大きな地位を占めているが、人々が仕事にやってくる時間は非常に活気に溢れているが、そうでない時間はほとんど無人といってもいい状態になる。そして、そこへ仕事をしにきて、夕方には帰宅する人々のために、大規模な交通システムが必要となる。しかし、「莫大な費用を投じて建設された、巨大な公的、私的輸送システムは、3分の1以上の時間はまったく使われないでいる」。ある地域への機能の一極集中は「電力・電話線、蒸気パイプ、水道本管・下水等の膨大なネットワーク」について、必然的にピーク時の需要に応えられるような設計を必要とする。しかし、その稼働率や利用率が低いため、どうしても非効率になりがちである。ブレイクはこうした実態を「資本と経常費の信じられないほどの誤用と浪費である」と評している。また、機能が地域によって分離するということは、機能ごとに人々の大規模な移動を必要とするために、「アメリカにおける郊外の存在がガソリンの膨大な量の浪費を説明する。電気通信やその他の精巧なシステムが、人々をして同じ部屋、同じ建物、同じ都市、あるいは同じ国にさえいなくてもきわめて能率的に働くことを可能にするにつれて、それはますます意味をなさなくなっている」。

(2)都市の多様性の破壊とは、これまで何度も述べてきていることだが、ようするにジェイン・ジェイコブズが分析したように、都市の利便性や自然な経済的均衡の成立は、さまざまな機能や個性の混在によって生まれるということだ。彼によれば、「私たちの都市はかつて(近代の非実際的改良主義によって衛生無害化される前に)無限の多様性をもっていた。同じの街区の中に、ときには同じの建物の中に、アパート、仕事場、商店、学校の教室、事務所、教会、劇場、倉庫、レストラン、バーがあり、そして政府の出先機関さえもあった。理想的な街区は、さまざまな活動の途方もないごたまぜであり、生きた「街路の劇場」であり、男、女、子供たちの円収も面白い活動のパノラマであったし、今もそうなのである。理想的な街区は、誰かによって計画された生活ではなく、実際あるがままの生活という観点からすれば、私たちの時代とそれに先立ちそれを創り出すのに貢献したすべての時代をカプセルのかたちで示してくれる旅行記のようなものだ」。しかし、機能が地域ごとに分離されてしまったことによって、「私たちの多くは、個人的経験から、郊外の多くに広まっている、『最も面白い場所』から切り離されているという疎外意識を知っている」ということになってしまった。街の生命力の源は、ひとえに人々が外に出て、お店に入り、お金を使うなりなんらかの遊びや活動をすることによって生み出される。ブレイクはこのような資源を「人的資源」と表現し、「単一用途地域制は破壊的な人的資源の浪費をもたらす」と批判している。人々がどこかで遊んだり、趣味に興じたり、お金を使おうと思えるような刺激の多さもまた、都市という集合体を維持するためには不可欠な「資源」なのだ。

ハウジングの幻想:官僚的に「つくられる」コミュニティへの違和感

これまで述べてきたような近代建築運動によってもたらされた都市概念は、そのすべてが官僚的な少数のエリートが練り上げる「合理的」構想によって都市を創出していくという発想にもとづいている。「ハウジング」という概念もまた、そうした官僚的でトップダウン的な地域づくりを言い表す言葉のうちのひとつである。ブレイク曰く「『ハウジング』という概念は、企業都市、軍隊駐屯所、あるいは強制収容所が発明される以前には存在しなかったように思われる。私たちの黄金時代が到来する以前には、その言葉はおそらく『リヴィング』だったろう。それは穏やかな言葉で、不確定であり、自動詞で、自由だった」。「リヴィング」という概念が自発的でボトムアップ的なコミュニティの形成を指すのだとすれば、「ハウジング」とは権力をもつ者による分類と管理を指し示す。「産業革命の時代における企業部市の労働者の『ハウジング』は彼らを企業の支配の下に置き、企業に安定した収益をもたらすために設計された」。管理者が労働組合やその他の形の労働者組織へと代わっても、結局「労働者の大隊が毎朝近くのソーセージ工場へ行進するために現われ、毎晩10列の横隊を作って工場からそこに帰ってきて子孫を殖やす」という管理の図式には変わりがなかった。現代ではハウジングの管理・計画は公共的な行政機関の手に委ねられているが、それは単に税金の浪費という結果と「官僚組織の永続性」の具体的事例を提供しただけで、実際に都市で暮らす人々に対しては、本質的には不都合しかもたらしていない。「ニューヨーク市民が連邦政府に納めたドルはまず徴税官僚組織によって集められ、分析され、二重にチェックされ、索引をつけられ、そしてその他無数の手続を施される。次に、それは予算作成の官僚組織によって調査され、コンピューターにかけられ、配分される。そして最後にそれはブレーンストーミングにかけられ、技術化され、フィードバックされ、交配され、縮小され(そしてもちろん統計化されて)やっとそれが納められた地域にある公営住宅建設局に戻ってきて住宅建設資金となる。このような大旅行の途中で最初の『ドル』におかしなことが起こる。それは5セントほどに縮んでしまうかもしれないのだ!〔…〕住宅に関する官僚組織は他のすべての官僚組織と同様、グロテスクなほど無能である。官僚組織がお得意のアメリカでは、地方、州、あるいは連邦政府の機間によって建設された住宅団地は、民間の企業家によって建設されたまったく同じ住宅団地よりもはるかに費用がかかっている」。ブレイクはこのような官僚制の複雑さや回りくどさと同時に、その縦割り的な分業と抽象性を批判する。「自由世界における政府の官僚組織は1つの、そしてただ1つの分野についてのみ専門知識を持っているということである。住宅、教育、交通、保健、警察、消防、公園についてそれぞれ官僚組織があり、その他にも何十という官僚組織がある。『住宅団地』を建設することはきわめて簡単である。しかし学校、地下鉄、商店、劇場、美術館、警察署、消防署を含む「団地」を建設すること、そして無数の『自由世界』の人民代表委員をして特別プログラム、問題、そして予算をコミュニティ全体の必要に関連づけるようにさせることは、決して簡単ではない。私たちのコミュニティを設計する人たちは、コミュニティが一体何のためにあるのか、ということを理解していない」。

イキイキとしたコミュニティは、同質性によって分類された人工的な人口配分によっては生まれてこない。「異なった年齢と所得の人々が住むコミュニティは行政的な立場から見ればおそらくあまり整然としていないが、人間的な立場から見ればより望ましいということが判ってきた。例えば隣のおじいさん、おばあさんは素晴らしいベビー・シッターになってくれるかもしれない。このことは、異なったタイプの建物からなるコミュニティのほうが、あるイデオロギー的な意図を表わすために造られた、コンクリート製の同質のスラブからなるコミュニティよりも優れているということを示唆した。高層ビルは独身者、あるいはある種の老人夫婦には相応しかった。しかし小さい子供のいる家族には連続住宅の方が相応しいし、さらに別の家族には庭付きアパートのほうがよいかもしれない。〔…〕古い都市に見られる興奮は、主として、その中に無造作に組み込まれた楽しい無秩序、すなわちこれらの都市の住民の大部分は、既に述べたように、彼らが働く場所に住んでおり、彼らが住んでいる場所で買物をし、同じ場所で教育し、親戚、友人、隣人と楽しみを分かち合うという事実によるのだ」。「経営的な合理性にもとづいて、巨大な工場、団地、ショッピング・センター、そして高速道路網を配することができれば、社会を合理的に管理することができる」という理想は、権力をもつ者にとっては非常に魅力的な空想だったかもしれない。しかし、社会やコミュニティというものは、管理されるにはあまりにも複雑かつ、不確実であり、ごく小数の人々の頭脳によって制御できるものではなかった。アリストテレスはかつて「都市を理解するためには、人類の途方もない多様性についての知識と、生活そのものの無限の創造的表現の理解が必要である」と述べた。ブレイクはアリストテレスを引用し「アリストテレスにとって理想都市とはコミュニティに上から勝手に押しつけることができる合理的に抽象化されたかたちではなかった。それはむしろ、人間性そのものの中にすでに浴在しているかたちだった」と論ずるルイス・マンフォードに賛同している。

形の幻想:抽象的で非人間的なデザイン

近代建築運動のスタイルは、「しつこいくらいにそして意識的に抽象的、幾何学的、機械的、合成的である」ことが特徴であった。しかし、そうした意識の下でデザインされた家具は、「人間が近づきすぎると彼の皮膚を傷つける。剥き出しのスチールのスプリング、ナッ卜、ボルト、クリップ、その他の締め付ける部品が、最も丈夫な繊維でさえもずたずたに引き裂いてしまうことは受け合いである」とブレイクが言うように、決して実用には向かなかった。それは、観賞用の「格安な値段の情成主義的な芸術作品」くらいにしかならず、所有者がそれを使おうと近づかない代物であるとすれば、たしかに「内部空間の視覚的な流れをできるだけ妨げないようにする」という近代家具デザインの「問題」に対する「素晴らしい解決方法」だったのだろう。それは「しつこいほど自然主義的、有機的、人問中心的であるアール・ヌーヴォーのスタイル」によって生み出された「人間の体に相応しい、しばしばセンチメンタルともいえる形の家具」の実用性からは程遠くなってしまった。

建築の幻想:「近代建築の失敗」に対する処方箋と新しい時代に関する予言

今までブレイクが述べてきたことを、あえて一言でまとめるならば、それは「近代建築とは、人間という存在に対してあまりにも無知で、それにもかかわらず人間の方を見ようとせず、新しい技術が紡ぎ出す『変化』や『可能性』に対してあまりにも盲目的であった」という具合になるだろうか。彼の言葉を用いれば「近代建築運動の巨匠と彼らの弟子たちは、自分たちがしていることに気づかないで、醜悪、金銭主義、貧欲、社会的解体、土地投機等の鼓吹者・促進者となってしまった」ということである。「変化」や「革新」は、説明の必要もなく「善」であり、新しい技術や合理的管理・計画は必ずや我々を良い方向に導いてくれるだろうという前提によって、その弊害のすべてを直視しようとしなかった「近代建築の失敗」に対し、ブレイクは8つの「モラトリアム」を提唱する。

第1のモラトリアムは「高層ビル建築のモラトリアム」である。彼は、高層ビルは現に「サービス施設(道路と大量輸送機関を含む)の途方もない混雑、歩道における風の動き、地下水面、火の危険、さまざまの精神的な傷、近隣に及ぼす悪影響、都市のスカイラインの視覚的な汚染、構造的およびその他の欠陥による、建物の内外にいる人への危険」が無視できないほど、深刻化しているにもかかわらず、「超高層ビルが、それが環境にどのような影響を与えるかを構造にはまだ何も知らないというのに、建設されつつあるということは無法きわまりないことである」と言って批判する。だからこそ、建物の高層化は最後の手段として考え、「低層住宅の高密化」によって、住宅需要を満足させるべきであると主張する。

近代建築の教義に対する第2の代替策は、「歴史的に由緒のある建物であれ町角のドラッグストアであれ(もちろん後者が前者に該することもある)、現在存在するすべての建物の取り壊しのモラトリアム」である。彼は「地球の人口は1930年から1975年にかけて倍増した」という事実に言及し、「緊急事態のようなきわめて特別の条件以外の時に建物を破壊することは、過去、現在、未来の人類に対する犯罪である」とまで言っている。この文で彼が意味するのは、景観の保護ということもそうだろうし、コミュニティの維持ということもそうだろうが、直接的には「絶え間ない開発を断行することによって、永遠に仕事を創出しようとする不動産業者や建設業者などの貪欲さ」に対する批判である。本当に住宅が必要で、なにがなんでも住宅需要を満たさなければならないくらい人口が爆発的に増えてしまうことになれば、そのときに最も合理的な回答は「オープン・スペースをも削り、とにかく高層の建物を高密に建てる」となるはずだ。しかし、近代建築の理論上は、無駄な空地がたくさん計画されている。もし、高層マンションに住人を収容するという理屈であっても、そのために「まだ完全に使える古い建物」を取り壊し、オープン・スペースを設けるのであれば、単に人口を平面的な広がりから垂直的な広がりに置き換えたということにしかならない。しかし、経済的な土地取引においては、土地の価格は元々の土地の価格に、その土地に建てた建物の建設費と撤去の費用を上乗せした額でしか持ち主は手放したくないと思う。だから、土地が投機的に扱われれば土地の値段がうなぎ登りに上昇していき、気づいたときには「所得による住み分け」が確立されてしまう。おそらく彼はこうした論理をもって「いずれにせよ、まだ完全に使える古い建物の取り壊しを正当化する唯一の本当の理由は、またもや食欲である。それは、人類が絶望的に住宅を必要としている時には、私たちが認めうる理由にならない」と述べたのではないだろうか。

第3のモラトリアムは「すべての先進国におけるすべての新しい高速道路の建設のモラトリアム」である。郊外化が高速道路網を必要とし、高速道路網の発達が郊外化を促進したという、相互依存・相互前提的な関係をもたらした高速道路網であるが、そうした郊外化=住宅機能とその他の機能の地理的分離、そして都市空間における車道の占拠は、人々から楽しみを奪い、ガソリンの大量消費を招き、豊かな自然を破壊することになった。「高速道路による郊外への人口分散は、私たちの都市から住民と税収入を奪った」だけではなく、「それは中心都市と郊外との間に殺すか殺されるかという対決をもたらした」。行政サービスの効率は低下し、分散した住民は結局、重い税負担を受け入れなければならなくなった。「住宅建設業者とその材料供給者の利益は巨額であり、アメリカの都市とその生活と形態の破壊はほとんど完全だった」。

第4の代替策は、「建設業がその製品の性能に対し責任を負うことを義務づける法律を作ること」である。近代建築の教義は、その理念が「人間に奉仕すること」ではなく、「なにがなんでも自分の理想の形を実現すること」が自己目的化してしまい、自身に内在する不都合を新しい技術や材料の開発によって解決しようとしてきた。しかし、実際にそういった技術や材料の安全性は事前に十分に検証されたわけではなく、言ってみれば「実用する中で社会実験を行う」というのが実態であった。しかしそうした見切り発車は「アスベストによる健康被害」や「自己酸化スチールによる環境破壊」といった弊害を引き起こした。だからこそ、彼は「自動車や薬品の製造業者に課せられているのと同じくらい厳密な性能基準に達するようになるまでは、建設業が厳しく規制されなければならない」と主張するのである。建築の材料というものは、あまりにも身近ではあるが、壁や天井に隠されてしまうため、あるいは化学物質であるために目には見えない。自動車と同じように、「一瞬の事故」という分かりやすいかたちではなく、「長年の蓄積」という非常に緩慢なペースで健康を蝕んでいく。だが、「気づいた時にはもう手遅れ」というケースになるということは、自動車事故であろうと数年間の蓄積であろうと変わりはないのだ。

第5のモラトリアムは「ゾーニングのモラトリアム」である。これはもはや改めて説明するまでもなく、多様性の喪失は都市の「死」に直結するからこそ、適度に多様性を創出し、異なるものを混在させることが必要となるということだ。ジェイコブズが言うように、多様性こそが利便性や安全性をもたらし、都市の生命力の源となるのである。

第6の代替策は、「人間が理解し得る尺度で計画を立てること、あるいはまったく計画しないこと」である。近代的な都市計画理論による巨大な管理計画は、実際には想定通りの結果にはならず、地域に秩序を創り出そうとする意図は、完全に的はずれであるか、逆効果であることが分かった。それはクリストファー・アレグザンダーも主張していることであるが、「『小さい計画』のほうが大きい計画よりも人々の要求に応える、自発的で自然な発展あるいは成長を生み出すのを助ける」のだ。小さくて身近な、絶え間ない進化のための計画でなければ人々は進んで参加しようとは思わない。「参加民主主義の国における現実を考えるならば、小さな計画のほうが実施しやすいのだ」。

近代建築の教義に対する第7の代替策は、「建築教育の根本的な再編成」である。ブレイクによれば「過去30年あるいは40年の間に、大部分の先進国あるいは開発途上国における建築学部は、建設と設計の専門家の訓練から『生活』という漠然と定義された領域の総合家の訓練へとその重点を移した」。たしかに、建築家は実際にそこを使う人の立場に立ち、人間に関するさまざまな知識を身につけていることが理想的ではある。現に近代建築は「人間を見失う」ことによって失敗したのだから、建築家には「きれいな図面が描ける」以上の素養が必要となる。しかし、どんな分野のことにも精通するというのは事実上不可能だから、現実的には、機械、情報工学、造園学、音響学、経済学、心理学、人類学などさまざまな専門家にアドバイスを求めるというかたちになる。そういった意味で建築は「チームワークの産物」ではあるが、それは本質的には「建築家はこれらすべての勧告や意見の調整者でなければならず、建物の最終的な形を決める重要な判断を承認し、斥け、そして行なうのは究極的には建築家でなければならない、ということを意味した」。だから、「集団力学から結婚相談に至るあらゆる事柄についての複雑な講義を学生たちに押しつける」ということは不要で「チームワークという考えは、さまざまな貴重な知識は外部のコンサルタントから得られるものであって、建物に究極的に責任を持つ建築家自身が必ずしもそれらの知識を持つ必要がない」という点をしっかりと認識することが重要である。こうしたチグハグな教育的混乱は、ブレイクの見立てによれば「アメリカの大部分の建築教師が建物はどのようにして建てるのかということを自分の体験を通して知っていなかったこと、そして建築と直接関係のない専門分野(大抵の場合、彼らはそれらについて建築よりもっと少ししか知っていなかった)を漠然とよく判らないままに研究することに避難場所を見つけたこと」が原因となっている。それは近代的な分業化が招いた滑稽な事態であり、「彼らは建築家の『社会的義務』というような問題についてますます論じるようになったが、建築家の社会的義務は質のよい建物を造ることであり、建てられた建物が倒れずにしっかり建っているようにすることなのだ、ということを知らない」。

そして最後に「建築自体のモラトリアム」が必要となる。「過去100年は建築の歴史上、いろいろな意味において実に途方もない時代だった。理性への信仰を主張しながら、近代建築運動はパヴァリアのルートヴィッヒ国王が発狂して以後、最も非合理的な連動だった。大衆と平等主義的な世界への信仰を主張しながら、それは、私的あるいは国家資本主義に奉仕するために『庶民』と彼らの近隣を減ぼしてしまった。進歩した技術への信仰を主張しながら、それは、最も身軽なサーカスの道化師の無頓着さで建設の材料と方法を取り扱った。そして都市は文明の唯一の源泉であり支えであると主張しながら、それは都市を管理不可能にし、その住民をちりぢりばらばらに分散させてしまった」と彼は「近代建築の失敗」を総括する。時代とは、その時代にしか理解し得ぬ熱狂があり、やがて幻想が晴れて、また別の新しい教義に取って代わられる。歴史とはその繰り返しだ。「ルネサンスはマニエリズモに道を譲り、マニエリズモは誇張的なパロックに、そしてバロックは甘たるいロココに、それぞれ道を譲った」。そして彼は、「私たちは今、1つの時代の終りに、そして新しい時代の始まりに近づいているのだ」と言い近代建築の教義が寿命を迎えたことを宣言する。新しい技術によってめまぐるしく変化することは、必ずしもすべてが良い方向へと導いてくれることを保証してくれるわけではない。専門家に任せれば、絶対に快適なものが生まれてくるわけではない。彼は新しい時代の建築について、次のように述べて本書を締めくくっている。「この転換期には建設のモラトリアムはないだろうし、その理由は明瞭である。建築家のいない建築がますます増えるだろう。私を含めて建築の実践家にとっては、それは大変都合が悪い。しかし人的環境の質にとって致命的な打撃はならないだろう。建築家のいる最近の建築が建築家のいない建築よりも優れており、それがより大きな幸福を生み出すという証拠は1つもないのだ。『内部から創り出される均衡』、すなわち人々の共通の希望が現われるまでは、新しい建築は生まれないだろう。それが現われた時にのみ、私たちはヴィジョンと効用と芸術の新しい形を創るだろう」。

近代建築の超克を宣言した、現在的意味

本書の原書が発表されたのが1977年であるから、本書は発表から40年近く経った書物ということになる。しかし、本書のテーマが「『近代建築』というひとつの時代の終焉と新しい時代の方向性の提示」であることを考えれば、それは現在かくある状況を理解するための「歴史」を分かりやすく概観した書物であると言うことができる。たしかに、現在でも「都市計画」という学問は存在しているし、「市街化調整区域」や「第一種低層住居専用地域」といった考え方は、実践において使用されている。先進国では高速道路網はいまだに残っているし、建築における新技術の開発はとどまることを知らない。そういう意味で、近代建築は完全に消え去ったわけではないと言うことができる。しかし一方で、「高速道路網に対する高速鉄道網」、「オープン・プランや乱開発に対するリノベーションやコンバージョン」、「都市のスプロール化に対するコンパクト・シティ」など現在注目されている動きや概念につながる「近代建築の影響」を見ることもできる。歴史とは、どこか自分とは縁遠い年表の中に、抽象的に存在するのではなく、現在目の前にある現実、ないし自分にとって身近な現象との連続性を感じることで、初めて「面白い」ものになると私は思う。人間の希望が「前に進むこと」の中にあるのだとすれば、まず「現在とはどのような時代か?」ということが明確になっていた方がいい。そういう意味で「歴史」とは現在を知るための手がかりであり、道具である。

本書はジェイン・ジェイコブズ、ケヴィン・リンチ、オスカー・ニューマン、クリストファー・アレグザンダーなど、それぞれの視点で近代建築運動の影響を批判し、新しい「人間的な」建築や都市のあり方を模索した人々のエッセンスが凝縮されたものとも言える。建築だけに限ったことではないが、近代以降1960年代~70年代までの知識人の関心事には「疎外」という概念があった。それは「生身の人間」というよりも、その人間が生み出した「技術」や「思想」、「体制」、「イデオロギー」など、本来人間に奉仕する道具であったはずのものが、逆に人間を支配し、人間性や生活が破壊されてしまうという意味である。「建築の幻想」のところででてきた「分業体制の弊害」については、クリストファー・アレグザンダーも似たような批判を展開している。それはつまるところ、ブレイクの「世界中の建築学部の大部分の建築の教師はこのようにして建物を建てるかを一度も学んでいない。彼らの授業は紙の上の授業で、彼らの理論は紙の上の理論だ。そして教室の外の世界では紙はうまく立っていることができない。アメリカおよびその他の国のプレファプ主義者は、彼ら自身の先入観、あるいは近代建築運動が最初から支持していた先入観、すなわち工業化とプレファプこそが未来の趨勢であるという考えに囚われているように恩われる」という言葉に集約される。これに対しアレグザンダーは、「建築家なしの建築」をまさに実践しようとしている。しかし、それは近代化の恩恵を全く利用しないということではない。そうではなく、彼は「アーキテクト・ビルダー」という、図面を引くことのみに集中する「建築家」という職能に代わる存在が住民との共同作業の中で、建設していくという試みである。個人的にはこうした試みについては、まだ社会が受け入れる準備が整っていないと見るが、それもまた時代が変わり、先代の偉大な成果を乗り越えようと試行錯誤する人間の痛烈な「生」の表現なのだろう。

建築や都市というものは、あらゆる意味でそれだけで独立しているわけではない。それらは常に社会の要請に応えるべく、さまざまに形を変えてきたのだ。近代建築運動が隆盛の頃は、爆発的に増加する人口と住宅需要に応えることが共通の課題だった。ゾーニングの発想、あるいは過密への嫌悪も元をたどれば、ロンドンにおける急激な都市人口の増大による弊害に端緒がある。当時の都市計画家たちはその弊害を目の当たりにして、人間らしい「共感」と社会の一員としての「使命感」ないし、「想い」を抱いていたと想像される。その情熱自体は否定することもできないが、彼らの出した回答が、最も適切ではなかったし、それを普遍化しようとした試みは(ブレイクに準拠すれば)、間違っていた。だが、例えば、低層高密という回答方法にしても、それはそれでやはり弊害があることを忘れてはならない。近年防災行政上の課題となっている木造住宅密集地域の問題は、建物の老朽化と相まって、巨大災害への脆弱性を露呈している。アンソニー・ギデンズやウルリヒ・ベックといった人々は、現代社会の「再帰性」を論じているが、それは単純化すれば、「近代化の弊害に対峙しなければならない状況に陥っている」ということである。とすれば、問題は「どんな回答を出してもいいのかもしれないが、その弊害については最大限の想像力をもってはじめから対策を考えなければならない」ということなのかもしれない。本書で展開された諸々の批判のうち、最も重要なのは、「変化への盲信」や自分たちがしていることに対する「無邪気さ」という部分なのではないだろうか。そうした問題に対し、私たちはおそらくクリストファー・アレグザンダーが言うように「斬新的成長」の考え方にもとづいて、普段の進化を遂げていかなければならないのだろう。

参考文献

  • ピーター・ブレイク著『近代建築の失敗』,星野郁美 訳,鹿島出版会,1979.04.(原書:1974-1977), 全244ページ

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大学時代に読書の面白さに気づいて以来、読書や勉強を通じて、興味をもったことや新しいことを学ぶことが生きる原動力。そんな人間が、その時々に学んだことを備忘録兼人生の軌跡として記録しているブログです。

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